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東京地方裁判所八王子支部 昭和32年(ワ)149号 判決 1960年8月19日

調布市下石原二一三番地

原告

太田伊八

右禁治産者につき法定代理人後見人

太田松雄

右訴訟代理人弁護士

北村勝

市下石原一二六番地

被告

熊沢一郎

被告

調布市

右代表者市長

青木貞治

右被告ら訴訟代理人弁護士

佐藤吉熊

右当事者間の前記事件につき、当裁判所は、昭和三五年六月二四日終結した口頭弁論に基き、次のとおり判決する。

主文

被告調布市は原告に対し、調布市下石原字獅子生二四五三番の一、宅地一〇〇五坪につき、昭和三一年四月一〇日東京法務局調布出張所受付第三七六一号を以てなされた、昭和三〇年一二月二〇日買収による所有権取得登記を抹消すべし。

被告熊沢一郎は原告に対し、右土地につき、昭和三〇年九月二〇日同出張所受付第七七六八号を以てなされた、昭和二六年一〇月二〇日強制譲渡による所有権取得登記を抹消すべし。

訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一、双方の求める裁判

原告代理人は、主文同旨の判決を求め、被告ら代理人は、「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。

第二、事実上の陳述

請求の原因

一、原告は主文第一項記載の土地(当時畑三反三畝一五歩、内畦畔二畝二二歩)を、昭和二二年一二月二日当時施行の自作農創設特別措置法(以下単に法という。)第一六条の規定によつて売り渡され、その所有権を取得した。

二、しかるに、右土地は昭和二六年一〇月二〇日当時施行の自作農創設特別措置法及び農地調整法の適用を受けるべき土地の譲渡に関する政令(昭和二五年政令第二八八号、以下単に令という。)に基き被告熊沢に強制譲渡され、次いで昭和三〇年一二月二〇日被告市がこれを買収し、前者につき主文第二項記載の後者につき主文第一項記載の各所有権取得登記がなされている。

三、(一) しかし、右強制譲渡は、原告の全く関知しないもので、次の如き手続上の瑕疵がある。

(1)  調布町農地委員会は、原告に対し、当時施行の右政令施行令(昭和二五年政令第三一七号、以下単に施行令という。)第二条第二項の規定による同条第一項各号の事項の通知をしなかつた。

(2)  原告は本件土地の譲渡に関し、被告熊沢と施行令第三条第一項の規定による協議をしたこともなければ、同項及び当時施行の前記政令施行規則(昭和二五年農林省令第一一九号、以下単に施行規則という。)第一条の各規定によるいわゆる譲渡協議届もまた自作廃止届もしたことはない。

(3)  原告は、令第二条、施行令第五条第一項の規定による譲渡令書の交付を受けたことはない。

従つて、本件強制譲渡は無効であつて、被告熊沢はこれはよつて所有権を取得するに由ない。

(二) 仮りに右主張理由なしとするも、令第三条、施行令第一一条の規定によれば、譲受人は土地所有者に対し譲渡令書に記載された期日までに対価の支払または供託をすること要し、この場合には右期日に所有権が移転するが、右期日までに対価の支払または供託をしなければ譲渡令書は効力を失うことになつているが、本件において被告熊沢は、譲渡令書に記載された期日である昭和二六年一〇月二〇日までに対価の支払も供託もしなかつたから、本件土地の所有権は強制譲渡によつて被告熊沢に移転しない。

四、右の如く被告熊沢は強制譲渡によつて所有権を取得しておらず、従つてまた同被告から本件土地を買収した被告市もその所有権を取得するに由なく、原告は所有権に基き被告らに対し右各原因に基く所有権取得登記の抹消を求める。

五、なお、原告は、三〇年来心神喪失の常況にあつて、昭和三一年一〇月一八日禁治産の宣告を受けた。

答弁

一、請求原因第一項は、原告がその主張の如く本件土地の売渡を受けたことは認め、これによつて有効に所有権を取得したことも争わない。

二、第二項は認める。

三、第三項(一)は否認する。すなわち、(1)については、強制譲渡に関する通知は昭和二六年七月一四日原告に対してなされ、(2)については、原告は被告熊沢と協議の上、昭和二六年八月八日付の連署した譲渡協議届を提出し、また、同年七月五日付で自作廃止届を提出しているのであり、(3)については、昭和二六年九月二一日付譲渡令書がその頃原告に交付されている。

第三項(二)は争う。

四、第四項は否認する。被告熊沢は強制譲渡により有効に所有権を取得し、従つて被告市も有効に本件土地の所有権を取得した。

五、第五項は、禁治産宣告の事実は認める。

第三、証拠(省略)

理由

原告が主文第一項記載の土地の前身たる請求原因第一項の土地を昭和二二年一二月二日法第一六条の規定により売渡を受け有効にその所有権を取得したことは、被告らの認めて争わないところであり、また右土地が令の規定に基き昭和二六年一〇月二〇日被告熊沢に強制譲渡され、これを昭和三〇年一二月二〇日被告市が買収し、それぞれにつき原告主張の如き所有権取得登記がさされていることも当時者間に争がない。

原告は、右強制譲渡処分の無効ないし譲渡令書の失効を主張して所有権に基く請求をするものであるところ、これら主張は訴を以てのみなし得べき旨の規定はないから、これを前提として主張し、その効果を訴求することは妨げなく、そして本訴は通常の民事訴訟手続によるべきものである。

本件強制譲渡処分が、法第一六条の規定による売渡を受けた土地で、農地であるものを、自ら耕作の目的に供することをやめようとする場合における処分にかかるものであることは、当時者双方の主張に徴して明白であるから、この場合になさるべき手続を、主として原告主張の本件の問題点を中心として概観するに次の如くである。

まず、右の如き土地の所有者は、一定の除外場合の外は、命令の定めるところにより、市町村農業委員会または都道府県農業委員会(本件当時は各「農地委員会」であつたと認められるが、そのいずれであろうと本件の判断には影響がないから、以下前記名称を用いる。)の定める強制譲渡計画に基いて、都道府県知事の交付する(交付できぬとき内容を公告す。)譲渡令書の定めるところにより、一定の者に譲渡しなければならない(令第二条第一項第三号)ことになつていて、市町村農業委員会は、右の土地があるときは、その旨を公告し、かつその日から起算して三ケ月間(本件当時施行の規定による。)土地所有者の氏名等、地上の一定の権利に関する事項及び法令上許容される対価の最低額等譲渡関係事項を記載した書類を縦覧に供しなければならず(施行令第二条第一項、令第五条、施行令第一四条)、さらに、右の公告をしたときは土地所有者に右の譲渡関係事項を通知すべく、通知できないときはその旨を公告すべく(施行令第二条第二項)、右の譲渡すべき土地の公告(施行令第二条第一項の公告)があつたときは、土地所有者はその譲渡に関し、譲り受けようとする者と協議し、省令所定の手続に従い前記縦覧期間内(本件当時施行の規定による)にその者と共に土地所有者、譲受人の氏名等、地上の一定の権利に関する事項、法令上定められている期間内での譲渡の時期対価及び授受の方法その他必要事項を市町村農業委員会に届け出ずべく(施行令第三条第一項、第三項第四号、なお、施行規則第一条によれば右届出の方式としては、連署した書面によるべきことになつている。)市町村農業委員会は、右の届出があつたとき、譲り受けるべき者を一定の適格者と認めたなら、届出に基き強制譲渡計画を定め、都道府県知事の認可を受くべく(施行令第四条第一項)、知事は、認可をしたときは、認可した計画に定められた土地所有者には、前記届出事項とされている事項その他を記載した譲渡令書を、譲り受けるべき者及び当該市町村農業委員会に対してはその写を交付すべく(本件当時施行の施行令第五条第一項、第三項)、譲渡令書の定めるところにより土地を譲り受けるべき者は、令書の定めるところにより土地所有者に対価を支払わねばならず、一定の場合には供託することができ(施行令第一一条第一項)、令書に記載された期日までに右の支払または供託をしないときは、令書は効力を失い、それをしたときは右期日に所有権がその者に移転し(令第三条第一項)、強制譲渡計画に定めた譲渡の時期までに右の所有権移転がないときは国に対する強制譲渡の手続を始めることになつており(令第二条第一項施行令第九条第一項第三号第二項)、また、譲渡令書の交付またはこれに代る公告に対しては都道府県知事に対し訴願できることになつている(令第四条)。なお成立に争なき甲第九号証の二によれば、本件の如き自作をやめようとする場合においては、その土地所有者からその旨の届出書(いわゆる自作廃止届)を出させた上で、手続を開始、進行するという行政上の措置がとられていたことが認められる。

以上の諸規定から窺うに、強制譲渡処分は、その内容においては土地所有者の意思を基礎として定められるものであると共に、それは単に譲渡義務を設定するものではなく譲渡そのものの発生を目的とするものであつて、それは、土地所有者に対し譲渡令書を交付する(あるいはこれに代えて内容の公告をする。)ことによつてこれをなし、譲渡の効力は、令書記載の期日までに対価の支払または供託があつたときは右期日に生じ、この時期に所有権が移転するが、右の如き支払または供託がなければ、処分は失効する。というのが法のたてまえであることが分る。

そこで、以下原告主張の当否について判断する(原告は、手続の瑕疵を理由に譲渡処分の無効を、また、対価の支払なきことを理由に処分の失効を主張するのであるが、その主張の趣旨は、原告に対する通知等の手続や支払、原告のした届出等がその意思欠の故に無効であるとするのではなく、右の如き事実が全く存在しなかつたとするにあることは、その主張自体によつて明白である。)

成立に争なき乙第二号証の二の記載、証人中島博次、鹿島武義の各証言を以ては、原告法定代理人の供述と対比して未だ甲第二号証(前記行政措置による自作廃止届)の成立は認められず、また右記載及び右中島証人の証言を以ては成立に争なき乙第四第五号証の各二の記載及び被告本人熊沢一郎の供述と対比し、甲第三号証(施行令第三条第一項による譲渡協議届出書)及び甲第六号証(令第三条第三項、施行令第一二条の規定による支払金についての支払代理人設定申告書)の各原告関係部分の成立を是認するに由なく、また、前記乙第四、五号証の各二の記載、成立に争なき乙第六号証の二の記録、被告本人熊沢一郎の供述中には、甲第五号証(本件譲渡対価の受領書)について同被告が、原告の母から対価支払の延期の同意を得て押印してもらつた――母を通じて原告の同意、押印を得た趣旨と解すべきであろう。――となす部分があるけれども、右各記載、供述によつてもいつまで延期するという趣旨なのかも明白でなく、これら記載及び供述は、右乙第四号証の二の記載の一部、成立に争なき乙第三号証の二の記載及び原告法定代理人の供述と対比して信用できず、他にその成立を認むべき資料は存しない。そして、乙第三ないし第五号証の各二の記載(但し、第四、第五号証の各二についてはその一部)、原告法定代理人及び被告本人熊沢一郎の各供述(後者はその一部)によれば、甲第二、第五号証、及び甲第三、第六号証の各原告関係部分は原告に関係なく作成されたいわゆる偽造のものと認めるのが相当である。次に乙第二号証の二の記載及び証人中島博次の証言によつても、原告に対して施行令第二条第二項のいわゆる譲渡関係事項の通知がなされたことを認めるに由なく、また右記載及び証言中には譲渡令書はこれを原告に交付したとなす部分があるけれども、これらは次の諸証拠と対比して信用できず、原告法定代理人及び被告本人熊沢一郎の各供述及び前記甲第九号証の二によつて認められる農林省においてはすでに昭和二六年一月頃から委員会をして右の通知、交付等については関係者から受領印を徴するという事務処理方法をとらせていたことが認められるのに、本件ではこの種の資料の提出がなされていない事実を綜合すれば、右の通知も、交付もなされていないものと認めるのが相当である。

そして原告名義ないし名義部分の書類の作成、原告に対する通知、令書の交付等に関する以上の認定事実に、乙第五号証の二の記載の一部、原告決定代理人の供述、被告本人熊沢一郎の供述の一部及び弁論の全趣旨を綜合して考えると、本件においては原告不知の間に、その関与なくして手続が進行、終了し、昭和二六年一〇月二〇日に譲渡が効力を生じたりとして、その登記までなされたのであつて、その間何人かによつて偽造の自作廃止届が、あるいは原告の協議した事実もないのに原告を名義人(の一人)とする協議届が、その他原告名義の手続上必要な書類がととのえられたのであり、原告に対する通知も、令書の交付もなされなかつたものと認められるのであつて、乙第二、第三、第六号証の各二の記載、証人中島博次の証言及び被告本人熊沢一郎の供述中右認定にそわない部分は措信し難く、他に右認定を覆し、適法な手続の履践されたことを認めしめるに足る証拠は存しない。

ところで、かように譲渡人不知の間に手続がなされ、その自作廃止届の提出がないとか、譲渡人に対する譲渡関係事項の通知がなされなかつたとか、さらには、譲渡人の協議がなくその協議屈がなされていないとかいう個々の事実が直ちに強制譲渡処分そのものの無効を来すや否やはしばらくおくも(自作廃止届の不提出は別とし、その余の右手続上の瑕疵に少くとも相合しては右譲渡処分の無効を来すと解するのが前記法令の趣旨に合うものと考えるが、この点はしばらくおく。)、強制譲渡処分が譲渡令書を土地所有者に交付してなされるものであること前記の如くである以上、その交付なき本件譲渡処分はこの点で無効なることは言をまたず、被告熊沢一郎は本件譲渡処分によつて土地所有権を取得するに由ない。

しかも、仮りに本件譲渡処分が有効になされたとしても、本件譲渡対価が令書に記載された期間(成立に争なき甲第四号証及び前記甲第九号証の二の記載からすれば、その期日は昭和二六年一〇月二〇日である。)までに支払または供託されたことについては認むべき資料なきのみならず、その支払または供託がなかつたことは成立に争なき甲第七号証の一、二及び被告本人熊沢一郎の供述によつて明白であつて(なお、前記の如く乙第四ないし第六号証の各二の記載及び右被告本人の供述中には原告から対価支払の猶予を得たとなす趣旨の部分があるが前記の如く措信し難い。従つて支払延期の合意の効力を判断する限りでない。)、ここに譲渡処分は失効したことになる。

右いずれにしても被告熊沢は本件土地の所有権を取得するに由なく、同被告からこれを買収した被告市もまた同様である(乙第一号証の立証趣旨は必ずしも明白でないが、被告本人熊沢一郎の供述、これによつて成立を認める右乙号証、乙第二、第四、第五証の各二等によれば、関係者間に示談の動きがあつたことが窺われる。この点についいての主張なき本件においてもとより立ち入るべきことではないが、これら証拠によつては、適法な資格を持つ者の間に一定の内容を持つ和解が有効に成立し、存続していることは未だ是認されない。)従つて、被告らに対し所有権取得登記の抹消を求める本訴請求を認容すべきものとし、民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文の如く判決する。

東京地方裁判所八王子支部

裁判官 古原勇雄

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